快速海風三号の、稽古日誌

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<<   作成日時 : 2008/04/26 18:53   >>

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つい昨日の話である。
寮にいる会社の先輩(この人はぼくの一つ上なのだが仕事は優秀で人も良く本当に尊敬できる人だ)に見つかった。

「快速くん、鼻曲がってない?」

とうとうばれた。先輩のまっすぐ人を見て話す癖がぼくの鼻のわずかな違和感を捉えたのだ。

ぼくの鼻はホンのわずかに右へ傾いている。自分でも時々忘れるくらいわずかなズレだが・・・
今まで誰にも指摘はされなかったが・・・


原因は喧嘩である。偶然当たった相手の肘が悪い角度で入ってしまいそれ以来こうなってしまった。

だがしかしぼくはあまり後悔はしていない。まあ怪我がそれほど重くなかったのもあるがれっきとした喧嘩だったことがその理由だ。
おれは言いたい。なぜ自殺をする。なぜ立ち向かわない。集団でやられたら一人になったところを素手で挑め。

小学校三年生までおれは苛められていた。学校へ行くのが本当に嫌だった。転校を機会にそれはなくなったが堪らない鬱屈が胸の奥に燻り続けた。
高校二年から大学入学当初はかなりやった。鼻をやったのは二年のときだ。
しかし同じ学校でも思い切りやりあうと結構あとくされなく過ごせるものだったが・・・

思うに多くの人の中では喧嘩=野蛮=不良、落第生という図式があるのだろう。
ではいま社会を揺るがすいじめはどう図式するのだろう。なんでもない普通の、もしくは成績優秀な者が集団で特定の一人を餌食にする。
また武器だってそうだ。暴走族でも不良たちでも木刀やバットを持ち歩いているが実際人に向けて使用するバカはいない。これまでの経験で素手で殴られる「痛み」を知っているからだ。実際人を凶器で殴打するのは「普通」の人が圧倒的に数は多い。

喧嘩をしなくなった現代の子供たちは痛みを理解できない。教育バカな親のバカな教育方針で痛みを知る機会もない子供たちは痛みや危険を理解できず集団で陰湿ないじめに走り悲惨な結果を生む。
かつてスパルタの母親は、剣が短いと嘆く我が子に、ならばもう一歩深く踏み込みなさいと教え諭した。


ぼくは危険な意見を言ってしまったようだ。しかし言わずにはおれない気分であったのだ。すまぬすまぬ、明日からは普段の快速海風三号に戻ります。すまぬすまぬ。

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コメント(7件)

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は、鼻がわずかに曲がっていたのか…初耳だ!

それにいつも冗談で言ってたのがホントだったとは…

喧嘩はしたほうがいい!殴る側も拳が痛い。なにより心が痛い。
心の痛みはわかったほうがいいと思う!
コルレオーネ・ファミリー
2008/04/27 02:17
 確かに、今の子供たちって、「相手の痛み」を理解できないことが、多いですからね…。
 自分が痛みを感じたことが無いのが、ひいては相手の痛みを思いやる気持ちを奪っているというのは、一理あると思います。
 純粋培養すれば、いい子供が育つなんていう幻想は、アメリカの現状を見れば、夢物語だと簡単に認識できると思うんですけれどね…。
mark
2008/04/27 09:00
全然気がつきませんでした。

各個撃破は基本でござるな。集団には逆立ちしても勝てないっスから。
学生のときなら喧嘩ですんでも、大人になったら犯罪になりそうで怖いっス。
へこたれ侍
2008/04/27 10:22
・・・。
指摘して良いモノなのか迷っていました。。。(以前友人の耳に関して突っ込みをしたことを後悔していたので・・・↓)・・・気づいたの最近でしたしね。。。

苛めにも色々ありますよね。
拳を交わすことで解決できるモノだったならきっと僕も同じく喧嘩をしていたでしょう。
僕が手を出したのは一度だけ。
でも、それは教師に理不尽にも理由なき暴力と見なされ、僕は問題児扱いでした。たった一度の反撃と数年間の攻撃は見分けてもらえなかったようです。

世の中には、反撃できる人と出来ない人がいます。
逃げ場を失った弱い人間は、自ら己に刃をむけて逃れることしか出来なくなる場合もあります。
人それぞれです。
。。。なんて、少し昔のことを思い出した僕でした。

でも、今の僕は、快速さんの今回の意見に賛同できる点が数多くありました。
僕も痛みを知るのは大事だと思いますよ。
色んな意味で。。。





智斗
2008/04/28 00:17
とことんやりあうって時には必要だと思います。
私の場合は・・・口でしが。
中途半端にやり過ごしてもやもやするよりも、
思いっきり鬱憤晴らしてお互いスッキリ、
で後腐れなく・・・って言うのが理想なんですけどね・・・。

拳で相手の限度を知るのも時には必要ですね。
しま
2008/04/30 13:45
人をぶん殴る気なら人にぶん殴られる覚悟もないといかんのですよ。イジメに限らず最近の事件見てるとその覚悟もないまま人をぶん殴っちゃうような輩の多いこと多いこと。まぁ俺にその覚悟があるかって言うと微妙ですが…ただとりあえず殴られるのが嫌だから俺は殴る気はないわ。殴られてもいいからコイツは殴る!って事態にならないといいねぇ…。


で、まぁなんだ…着地点が見つからないっす…



…合気道をやったらいいんだよ!みんな!
ライダー
2008/04/30 23:33
コメントあがとりいぃ!!ございます。
そして今回はコメントしにくい内容でもうしわけなかったです・・・

コルレオーネ・ファミリーさん
まあ痛みを知るのは重要なことです、しかしなかなか知ることも教えることも難しいテーマですね・・・

markさん
純粋培養というのはともすれば抵抗力の弱さや他者への鈍感に繋がると想像できそうなものですが・・・まあそうは行かないのもまた人間なんですね・・・

へこたれ侍さん
ぼくも大学の部活で後輩が出来てからは火遊びはやめるようにしました(汗)

智斗さん
ぼくの友人では学校を辞めた人もいました。抵抗したり発散することのできたぼくはまだしも状況が良かった・・・のかどうか。まあ二度としようとはおもいませんが・・・。

しまさん
内に篭るよりは、という考えはぼくも賛成です。まあぼくの場合はいささかあばれすぎましたが(汗)

ライダーさん
そのとおりです!まさにその事に気づかないばっかりにヤナ思いをする人が多いと思います・・・

みなさんほんとうにありがとうございました。

快速海風三号
2008/05/22 18:56

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